「暗いからもう帰れよ」

「うん。行こ、直ちゃん」

「はーい」


 花音と直樹はパイプ椅子を元の場所に直す。


「あぁ、オレンジもらってけよ花音」

「あ、ありがとー」


 花音は冷蔵庫を開ける。

 その間に祥多は直樹を思いきり睨みつける。直樹はあかんべをして応戦する。

 二人の間に火花が立つ。


「じゃあ、祥ちゃん」


 花音の声に祥多はすかさず無表情に戻る。直樹はそんな様子に笑いを堪えている。


「また明日ね」

「おう」

「じゃあねー、タータン」

「……さっさと行け」


 祥多に追い立てられ、直樹は病室を出た。


「全く。タータンもノンノンも可愛いわぁ」

「ん?」

「もう大好き」


 直樹は隣で歩く花音の手を取り、大きく揺らす。


「楽しーわね! 私、『今』が一番好き!」


 突然意味の分からない事を言い出す直樹に、花音は戸惑う。

 けれど、直樹はとても楽しそうな顔していたので花音はそれに便乗して繋いだ手を大きく揺らして歩く。


 そんな二人を優しく見守る、由希の姿。


(そろそろ、話しても良い頃かもしれないわね…)


 由希は胸ポケットを押さえる。ポケットの中の、ある少年の写真。


 花音はあの頃の由希と同じ歳。いつか話そうと思っていた。


 由希は花音が歩いて行った場所をそっと見つめていた――。