かっこいいというのは物凄く嬉しいのだが、結婚するというのは素直に頷けない。6歳の愛娘からその言葉は結構痛い。

 そんな事をしている内に奏多は本を読み終えたらしく、本をテーブルの上に置いて祥多を見た。


「父さん、ピアノ教えて」

「お、いいぞ。奏多は覚えが早いから教え甲斐がある。でも夜遅いから、キーボードでやろーな」


 こくんと頷く奏多。「サヤもー!」とせがむ祥花。


 幸せな時間は永くは続かない。だからこそ人は、幸せで在る時間の一時一時を大切に思うのだろう。

 ずっとこのままでと、永遠を望むのだろう。


 花音は洗い物をやめ、我が子と戯れる祥多を見つめる。


 後悔はしていない。自分は幸せだった。

 祥多と出逢い、祥多を中心に生きて来た今までに悔いはない。寧ろ、感謝している。


(ねぇ、祥ちゃん。昔、私が嫌だと言っても追い回すと言った貴方は、私がいなくなった後どうやって生きて行くのかな)


 想像が出来なかった。いや、正直、想像したくなかった。


 きっと、荒れてしまうだろう。かつて自分が、祥多を失った後を思って狂ったように泣き、呼吸もままならないほど苦しんだように。


(祥ちゃん…っ、サヤ、奏多っ)


 置いて逝きたくない。ずっと祥多の傍にいて、冗談を言い合って笑いたい。

 祥花と奏多の成長をこの目で見つめて行きたい。最後まできちんと見届けたい。せめて、成人するまでは。

 そう思うと胸が張り裂けそうになる。