To.カノンを奏でる君

「祥ちゃん、私──」


 手を掴まれ、思わず振り返ってしまった祥多は、振り返った事を後悔した。


 大人びた雰囲気の花音。三年前──祥多にとってはつい昨日の事のようだが──より伸びた黒髪。子どもっぽさが見受けられない服装。

 変わってしまった花音を見て、自分と彼女との空白の時間をひしひしと感じさせられた。


「私の方こそ、ごめんなさい」

「お前が謝る必要なんてない」

「じゃあ祥ちゃんが謝る必要もない! 祥ちゃんは悪くない…」


 つらそうに俯く花音に積年の想いと愛しさが溢れ、つい手を伸ばした。

 しかし祥多は、花音の頬に触れる寸前に思い止まった。


(花音に触れる権利なんて、俺にはない──)


 音もなく伸ばした手を、引っ込めた。強く拳を握る。


「話はそれだけだ。遅くにごめん。じゃ」


 淡々と言い募り、祥多はパタンとドアを閉めた。それから逃げるように自分の家へ帰る。

 物音に反応した祥多の母が、帰宅した祥多を出迎える。


「おかえり。ちゃんと謝れた?」


 にっこりと笑顔を向ける母に、目頭が熱くなった。


(母さん──)


 この人にもどれだけつらい思いをさせたのだろうかと思うと、素直に顔を合わす事が出来なかった。

 病気で心配をかけ、入院で迷惑をかけ、長い眠りに就いて苦労させ、記憶喪失になって傷つけた。


 祥多は俯き、軽い返事をして階段を上った。


「ご飯は?」

「ごめん。食欲ない」

「そう…」


 寂しそうな声に胸が痛んだが、祥多はどうしても顔を合わせられなかった。