To.カノンを奏でる君

 本当に久しぶりに花音と呼んだ直樹。花音は素直に泣きついた。

 鳴咽はなく、小さく泣くだけ。涙を流すだけ。


「ピアノが終わるまで、胸を貸してあげる」


 直樹は優しく花音の頭を撫でた。


「私、いつまで祥ちゃんを見ていられるのかな…」


 花音が震えた声で呟いた。直樹は眉間に皺を寄せ、何も言えずにいる。


「ずっと三人でいたい」


 その言葉に直樹は頷くとともに、嬉しくなった。

 自分の事も考えてくれている優しい花音。そんな花音だから、祥多は好きになったのだろう。

 直樹は笑み、花音と祥多と幼なじみで良かったと思った。


 祥多がちょうどリクエスト三曲を弾き終えた頃、花音は直樹から離れた。


 少々鼻が赤くなっており、目が赤いので泣いた事がすぐにバレてしまう。


「ごめん、洗面所行って来る」


 花音は子ども達が出て行くより早く出て行った。


 花音を気に止める事なく出て行く子ども達。残されたのは祥多と直樹の二人。


「来いよ、直」


 部屋の隅にいた直樹を呼び、祥多は再びピアノを奏でた。

 直樹は目を見開く。


「トロイメライ…」


 祥多が奏でる曲は、シューマン作曲『トロイメライ』だ。


「お前の好きな曲だろ」


 祥多は目を閉じ、笑みを浮かべて言う。