To.カノンを奏でる君

「俺、あんな風に花音を抱き締める事は出来ねぇよ。あの二人見て、思った」

「タータン…」

「何だろうな。……苦しいんだ。心ん中が落ち着かない」


 目を覆い、祥多は呟いた。


 傷ついた祥多を前に、直樹はどうする事も出来なかった。

 何て声をかけたら良いのか分からない上に、どう接すればいいのか分からなかった。


 それは、記憶喪失によって出来てしまった二人の距離。

 今、どこまで踏み込んで良いのか分からないのだ。


「あんな風に優しく出来ねぇんだ、俺。今日だってめちゃくちゃひどい事言った。傷つけた」

「っ……」

「最低なんだよ、俺。最低なんだ。でも……好きなんだ」


 情けなさと掻き毟られるほどの痛みが入り雑じる声で、祥多は、好きなんだと言った。


 三年前と重なる。好きなのに報われない──そう思っていた祥多。

 どうにもならない苦しみから逃げ出す事が出来ないような顔をして泣いていた祥多を思い出す。


「タータン…ごめんね。アタシ、三年前も今も結局、何の力にもなれなかった」

「直樹…」

「ごめん。ごめんね。アタシに出来たのは結局、手紙を渡す事だけだった」

「……手紙?」

「ええ。ノンノンが持ってるわ。……手術の前に貴方が書いた手紙よ」

「………」

「ノンノンにちゃんと確かめる事を勧めるわ。全てはそこからだと思うの。頑張れ、タータン。タータンは独りじゃないよ」