To.カノンを奏でる君

「こんちは、時枝さん」

「……おう」

「メトロノーム買いに来たんすよ。妹に壊されちゃって」


 手に提げている紙袋を見せながら苦笑する。


「ピアノやってる奴って草薙くらいしかいないんで、付き合ってもらったんです」

「……そ」

「時枝さんは?」

「参考書を買いに来ただけだ」


 祥多は不機嫌な声で早河に答え、花音はようやく声を上げる。


「私も付き合おっか? 使いやすい参考書なら、結構知ってるよ、私」

「……出かけの最中だろ。別にいい」

「買い物に付き合ってただけだし、もう帰るとこだったから大丈夫」

「いい」

「祥ちゃん?」

「いいっつってんだろ!」


 突然怒鳴られ、花音は怯んだ。驚いて目をしばたたかせる。


「じゃ」


 祥多は二人に背を向け、歩き出した。


 花音は何も言えず、祥多を見送る。

 二人のやり取りを傍観していた早河は、そっと花音の肩に手を置いた。


「ごめんな、俺が誘ったせいで」

「違うよ。早河君のせいじゃない。誰も悪くない。私は友達の買い物に付き合っただけだよ」

「そうだけどさ、傍目から見れば友達には見えねぇだろ」

「大丈夫」

「……まあ、あれってヤキモチだろ。充分両想いって事じゃん。良かったな、草薙」

「祥ちゃんは、あんなヤキモチの焼き方しなかった」

「へ?」

「しなかったよ……」


 記憶喪失になってから変わってしまった祥多。

 花音の中の祥多も、変わってしまう。以前の祥多が薄れてしまう。

 祥多がどんどん遠ざかって行くのを、花音はどこか感じていた。