To.カノンを奏でる君

「今、ナオキって……?」

「ええ、男よ」

「っ?!」


 早河は驚き、後退った。

 信じられない思いで、直樹を見つめる。


「うふふ、嬉しい反応ね。女にしか見えないって事よ、葉山さん」

「……良かったわね」


 口をパクパクさせたまま固まっている早河に、直樹は言った。


「アタシの事、覚えてない?」

「へっ?」

「とっとと失せろ」


 声を低くして、直樹は言葉を放つ。

 聞き覚えのあるその声に、早河は目を見開いた。

 忘れもしない、あの卒業式の日。早河は確かに会っているのだ。最悪な形で、男の格好をしたこの直樹に。


「あの時はごめんなさいね」


 女の子らしい可愛い上目遣いで謝る直樹に、早河は不本意ながらもときめいた。


「直ちゃん。信じろって言う方が無理だよ」

「あら、そう?」

「違いすぎるもん。あの時の直ちゃんと今日の直ちゃん」

「うふっ。今日は張り切ったんだもの」


 笑う直樹の隣で、美香子は頭を痛めた。


(どうして私はこんな人に振り回されているのかしら…)


 溜め息しか出て来ない。


「そういえば、美香子ちゃん」

「はい?」

「直ちゃんの事、下の名前で呼ぶようになったんだね」

「っ! あ、や、それは」

「ほんと仲良くなって、嬉しい」

「そ、そう」


 どうしようもなく疲れる。こんな落ち着かない思いを、いつまでしなければならないのだろう。

 美香子はただただ溜め息を吐くしかない。