To.カノンを奏でる君




 すっかり眠りの世界に入ってしまった息子と三十分過ごし、母はカバンを手に立ち上がった。

 起こさないようにそっと扉を開閉する。


「あ、おばさん」

「花音ちゃん、直樹君」


 歩き出そうとして、二人とばったり出会した。


「いつもありがとう」


 祥多の母が二人に礼をする。


「そんな! こちらこそ、いつもオレンジジュースありがとう!」

「いいえ。今日もあるから飲んでね。あぁ、今度は直樹君の分も用意しておくわね」

「あ、アタシは……」

「ブラック(珈琲)でしょう」

「はい…、?」

「祥多から聞いたのよ。あ、祥多眠ってるの。もし良かったら起きるの待ってて」

「はーい」


 祥多の母は柔らかな笑みを残し、帰って行った。そして花音と直樹はそっと病室に入る。

 仰向けで白いシーツを被せられて眠る祥多。花音は思わず頬に触れた。


 ―─温かい。

 安心し、直樹が立てたパイプ椅子に座った。


「思わずね、確認しちゃうの。生きてるよねって」


 花音は苦笑する。


 多分、それが日課なのだろう。確かに、眠っていると息をしてないんじゃないかと思ってしまう。


「祥ちゃんの顔見てると安心する」

「そうねぇ。可愛い顔してるものね」

「あはは、祥ちゃんが聞いたら怒るよ」

「本当だもの」


 祥多に気遣い、小さく笑う。


「幼なじみってさ、空気みたいな存在だよね」


 花音は祥多の寝顔を見ながら言う。