To.カノンを奏でる君

 コンコンと控え目なノックが聞こえた。

 開けて入って来たのは祥多の母親。おっとりしている女性だ。


「林檎。買って来たよ」


 カサリとスーパーの袋を見せて笑う。


 祥多の母はスーパーでパートとして働いている。その為、こんな時間にしか来れない。


「今食べる?」

「食べる」


 母の前では素直に子どものように笑う。やはり母は偉大だ。


「そろそろクリスマスね」


 母は果物ナイフで器用に林檎の皮を剥き始めた。


「今年もイヴは花音ちゃんと直樹君と過ごすんでしょう?」

「さぁな。花音に彼氏がいたらそうもいかねーだろ」

「あら、花音ちゃん彼氏いるの?」

「いねー…と思う」

「あらら。それで祥多は最近ご機嫌斜めなのかしら」

「は?!」

「そんなに好きなら告白すればいいじゃない」


 くすくすと笑いながら、母は切り分けた林檎を皿に乗せて祥多に差し出す。

 祥多は気落ちしながら林檎に手を伸ばした。


「言わねーよ。一生な」


 息子の頑な言葉に、母は表情を曇らせる。


「ごめんね。お母さん調子に乗っちゃったかな」

「んな事ねーよ。……オレンジ、冷蔵庫に入れといて」

「はいはい」


 祥多は最後の一切れを食べ、再び寝転んだ。読書で疲れたのか、寝入る祥多。

 母は祥多の額を撫でる。祥多はピクリと反応を示したが、特に嫌がりもせずにされるがままになっていた。