「何でそんなに俺に構うんだ? 記憶喪失の俺といても嫌な思いしかしねぇだろ。しかも昨日、俺はお前にひどい事言った。何で逃げねぇんだよ」


 それは怒りにも苛立ちにも似た口調だった。

 それでも、言葉の中には不器用ながらも花音への思いやりがあった。


「……大切な幼なじみだからだよ。祥ちゃんにはなくても、私にはある。幸せな、宝物のように輝いていた思い出はちゃんと、私の中にある。私が持ってるよ」


 だから、逃げる必要もない。


「祥ちゃんの記憶の欠片は、ちゃんと私が持ってるよ」


 そう、飾らずにまっすぐに返して来た花音に、祥多は目を見開いた。それは祥多の探していた答えだった。


(そうか。探していた記憶の欠片は、コイツが持っていたんだな……)


 そう思うと、じぃんと胸が熱くなった。同時に泣きたくなった。何故だか、無性に泣きたくなった。

 不安でどうしようもなく怖くて、苛立ちばかりの祥多には、ありのままの祥多を受け入れてくれる花音の存在が有り難かった。


 つぅっと一筋の涙を流しながら、祥多は思った。

 確かに彼女は自分にとってこの上なく大切で、かけがえのない存在だったのだろうと。

 何に変えても、失いたくない女性だったのだろうと。


 そう思うと、心の中が満たされるように温かくなった。空いていた穴が塞がるような気分だ。


 一人静かに涙する祥多の背中に、花音は自分の背を合わせた。