六年以上もの付き合いになるこの少年は、先月二月に10歳の誕生日を迎えた。潤という名の、まだやんちゃな少年だ。

 潤は入院当初から、優しい祥多を兄のように慕っていた。


「一言くらいなら」


 花音が笑顔で答えてやると、潤は嬉しそうに笑い、周りの子ども達に目配せした。

 それから、せーのっとかけ声をかける。


『おはよう、祥多!!』


 この場にいる子ども達全員が、声を揃えて祥多に言ったのだ。

 これには花音も祥多も驚いて、目をしばたたかせていた。


「へへッ! 祥多が起きたらみんなで言おうって話してたんだ」


 いつも看護師を困らす悪戯な顔で潤は言った。


 何て心の綺麗な子ども達なんだろうかと、花音は心から感動していた。

 それは、花音ですらまだ言っていない言葉だった。


 面を食らっていた祥多だったが、やがてくしゃっと表情を崩し、泣き顔にも笑顔にも取れる顔を見せた。


 それから、子ども達に返す。


「おはよう」


 花音は改めて、子どもの偉大さを感じた。

 歳を重ねて行く毎に置き忘れて行く大切な何かを、子ども達は大切に心に留めているのだ。


 おはようという朝の挨拶は、全ての幕開け、全ての始まり。新しい未知への一番始めの小さな扉を開けてくれる手。


 まだ大人ではないのに忘れてしまっていた。花音自身が昔見出だした、おはようという言葉の深い意味。


 後でちゃんと伝えようと、花音は思った。

 祥多の新しい始まりを支える為の、始めの後押しを。