それは、当たらずとも遠からず。少しばかり形は違うが、ここぞという場面で圧され、結局折れるのは祥多の方だった。


 車椅子に乗って行くかと尋ねて来た花音に、祥多は慌てて首を横に振った。が、すぐに思い直す。

 三年もの間眠り続けていた祥多の体は、筋力が低下していた。

 室内にあるトイレに行く事すらままならない状態なのだ。


 仕方なく、祥多は車椅子に乗った。

 ごく当たり前のように車椅子を押そうとする花音に抵抗感があったが、腕にすらうまく力が入らない事を一日でよく知った祥多は何も言えなかった。


「祥ちゃん。一つだけ、お願い聞いてもらえる?」


 祥多の乗る車椅子を押しながら、花音は言った。

 祥多が何も言えずに黙っていると、花音は言葉を続けた。


「みんなと会ったら笑ってあげて。記憶喪失って事…、内緒にしといて。私、一生懸命フォローするから。お願い」


 真剣な声音に、祥多は思わず振り返る。

 目が合った花音は何とも言い難い苦笑いをして、ごめんねと言った。


「酷なお願いだってちゃんと分かってる。でも私……みんなの悲しむ顔を見たくないの。あ、違うの、祥ちゃんの悲しむ顔を見るのも凄くつらいんだけど、でも」


 一生懸命に理解してもらおうと補足する花音を見ていると、少しばかり気の毒に思えた。

 祥多は分かったと答える。林檎の礼に一芝居打ってやると言うと、たちまち花音の表情に笑みが戻った。


 ありがとう、ありがとう祥ちゃんとひどく感謝され、祥多は照れ隠しの為に素っ気なく、別にと言い返した。

 後方から小さな笑い声が届こうとも、祥多は聞こえないフリをして流した。