To.カノンを奏でる君

「……さあ? 理由は聞いてないから」


 小さな嘘を吐いた。花音の口は勝手にそんな事を言っていた。


 花音に似ているから好きだと言った、あの告白じみた言葉を素直に口にする事が出来なかった。

 それは、今の祥多に拒絶される事が怖かったからかもしれない。

 素直に言えていれば良かったのにと、花音は少しばかり悔やむ。


 後悔は先に立たず、だ。


「何かさ」

「ん?」

「これ見てると、頭の中で声がすんだ」

「声?」

「どんな言葉かは分からねぇ。誰の声かも分からねぇ。けど、すっげぇ嬉しそうな声だ」

「嬉しそうな声…」

「俺が何か言ったんだ。それだけは覚えてる」


 一人、遠い目をする祥多に、花音は目を瞠った。それから震える唇を右手で押さえる。

 花音は気づいたのだ。祥多が忘れてしまった景色がどんなものだったのか。その嬉しそうな声の主が誰なのか。


 あれは花音の胸の中に大切にしまってある、大切な想い出の一つだ。正にかすみ草の話をした時のもの。

 花音みたいな花だなと言ってくれた祥多に、花音は本当に嬉しそうに笑い、ありがとうと答えた。


 祥多の失くした記憶の片隅に、例え小さくとも花音の痕があった事に、花音は心底喜んで感謝した。


「なぁ」

「ん?」

「もっと話を聞かせてくれ」

「話?」

「幼なじみなんだろ? お前……花音が知ってる俺を教えてくれ」