To.カノンを奏でる君

「あ。かすみ草、そろそろダメになっちゃうね」


 明日また買って来ようかなぁとブツブツ一人呟く花音。

 祥多はかすみ草という言葉に反応し、花音を凝視する。祥多の視線を受け、花音は首を傾げた。


「これ持って来たの、お前か?」

「そうだよ」


 それがどうかしたの、と不思議がる花音に、祥多はかすみ草を見遣った。

 ただ黙って、静かに見つめる。


 何となく声をかけづらいと感じた花音は、何も言わずに祥多を見守る。


 どれだけそうしていたか、ふと祥多は口を開いた。


「懐かしい匂いがする」

「祥ちゃん、かすみ草が凄く好きだったからねー」

「俺が?」

「うん。だから毎月、かすみ草を贈ったんだよ。懐かしさに目を覚ましてくれるように」

「毎月?」

「……祥ちゃんがもう目を覚まさないかもしれないっておばさんから聞かされてね。ショックで私、逃げちゃったの。だけど目覚めてくれたらって、かすみ草を月に一度だけ贈った。だから」


 会ったのは三年振りだったのよ。そう笑いながら、花音は言った。


 艶やかな黒髪を耳にかける。そんな仕草が妙に眩しく見えた祥多は、頭を振って雑念を追い払う。


(何なんだ、一体。どうしたんだよ、俺)


 嫌だと思っていた花音に、好印象を抱きつつある自分に苛立つ。


「祥ちゃん?」

「あ、いやっ……あぁ、何で俺はかすみ草が好きだったんだ?」

「祥ちゃんがかすみ草を好きだった理由?」

「おう、」