To.カノンを奏でる君

 そう思うと、肩の力が抜けて心が楽になった。


 一方、言われた祥多は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして花音を見ていた。

 自分の心臓に疾患があり、三年前に手術をした事は母と名乗る人から聞かされた。

 その手術中に一時心停止した衝撃で、長い間眠り続けていたのだと。

 聞かされて理解しているつもりだったが、こう目の前で、生きていてくれてありがとうと言われては驚かざるを得ない。


 花音が肩を震わせ、泣いている姿を見て何故か心が痛んだ。

 固唾を飲み、どうする事も出来ずに花音を見つめる。


「ごめんね。前の私は君の前で泣く事はなかったんだけど、我慢出来なかった」


 落ち着いたのか、花音はハンカチで涙を拭い、再び笑みを見せた。


「果物ナイフ、ないみたいだからどうぞ丸かじりで」


 花音は洗面所で林檎を丁寧に洗い、祥多に手渡した。

 祥多は未だ腑に落ちないような顔をしているが、溜め息を吐いて林檎にかじりつく。


(お、うめぇ)


 シャリシャリとおいしそうに林檎を頬張る祥多を、花音は幸せそうに見つめていた。

 視線を感じた祥多は怪訝そうに花音を見やった。目が合った花音は笑い、おいしいかと尋ねた。


 祥多はカッと顔を真っ赤にして顔を背けた。それからぼそりと、「おう」と答える。


 昔とは少し違った反応に妙に新鮮だと感じてしまい、花音は苦笑した。


 くるくると表情が変わる花音に、祥多は困惑してばかりだ。