To.カノンを奏でる君

「ごめん、ノンノン。アタシ大切な事忘れてた」


 それは、長年続いて来た大切な関係。


「アタシ達親友よね」

「うん」


 満足そうに笑う花音に、直樹は苦笑した。


 万事は全て変わりゆく。人も、物も、心までも。

 しかし、二人が築いて来た関係は容易く変わるようなものではない。


 恋人よりも、深く強い絆。


 花音の支えに、そして直樹の救いとなっている、親友という関係は今も変わらずここに在る。


 ふと、花音が真面目な顔をして直樹を見つめた。


「直ちゃんのその気持ちは恋じゃない」


 まっすぐに、しかし柔らかく、花音は告げた。

 直樹は目を瞠り、そして徐々に表情を崩した。ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


 世界で一番大切な人。それは今も変わらない。

 しかし、その大切は恋にはならなかった。

 恋よりももっと深い、愛に近いもの。どんな事があっても切り離せない家族のような存在。


「どうして分かったの?」


 直樹が自分に呆れながら苦笑して花音に問う。すると花音は突然、直樹に抱きついた。

 直樹は意味が分からず、躊躇する。


「ドキドキする?」


 そう言われ、直樹は黙って考え、丁寧に答えた。


「凄く……愛しい」


 直樹の答えとともに離れ、花音はウィンクをして書店から出て行った。

 直樹はそれから、ああ、と小さく呟く。


 恋人より、家族のように思われている事を花音は本人よりもよく分かっていたのだ。