To.カノンを奏でる君

 さっき教室で拾った桜の花びらだ。祥多に少しでも春を感じてもらえたらと拾い集めた。

 ポケットから手を出し、机の上に散らした。


「外は春。一緒に桜見に行こうよ。まだまだ咲き始めだけど、もう少ししたら綺麗なんだから。今年は咲くの早いんだって」


 街路の桜の木はまだ五分咲きの花ばかりだ。


「それで、今年の夏こそ海に行こうよ。沖縄の海に行くっていうのはどう? 私バイトするつもりだからさ、お金貯めて連れて行ってあげる」


 明るく楽しそうに提案する。


 毎年行こう行こうと言い続けて、結局行けなかった海。


「秋には、京都の清水寺とか保津峡に紅葉見に行こう。一面紅に染まって絶対綺麗だよ。あ、焼き芋も食べたいなぁ」


 焼き芋を割る仕草をし、一人くすくすと笑う。


「冬には雪合戦しよ。18にもなって雪合戦って微妙かな? 祥ちゃん呆れそうだね。何なら雪だるまを作るーでもいいよ」


 百面相しながら祥多に語りかける花音。


 こうして話していれば、目を覚ましてくれるような気がした。

 楽しい話をたくさんすれば、むくりと起き上がって、あどけない笑みを浮かべるのではないかと淡い期待を抱いた。

 しかし、一向に祥多が目を覚ます兆しはない。


 再び静けさが訪れた病室に、小さく啜り泣く音が響いた。


「祥ちゃん。手術は成功したんだよ。……約束したじゃん。手術が成功したらあの約束を撤回するって。嬉しかったんだよ。私、やっと」


(好きって言えるって思って…)


 花音は顔を覆う。


(やっぱり目を覚ましてはくれないの?)