To.カノンを奏でる君

「ノンノン、早く乗って! 葉山さんも早く!」


 直樹の声に、花音はタクシーに乗り込む。

 後から走ってやって来た美香子も慌てて乗り込んだ。


「済みません、幸場病院まで急いでお願いします!」


 急いでと言ってはいけないと思いながらも、直樹はそう口にせずにはいられなかった。


「直、ちゃん……私、お金、持ってない…」

「わた……しも、よ」


 花音も美香子も息を切らしてくたくたになりながら直樹に訴える。

 直樹は苦笑してポケットからお札を取り出して見せた。


「良かったわね。今日に限って三千円が入ってたりするのよねー」


 偉いかと尋ねて来る直樹に、花音は力強く頷いた。


「ノンノン」


 直樹はぎゅうっと花音の頭を胸元に抱き寄せた。

 それから子どもをあやすように頭を撫でる。


「大丈夫よ。大丈夫」


 自身にも言い聞かせるように直樹は優しく唱えた。

 その呪文は気休め程度にしかならないが、それでも花音にとっては必要なものだった。


「葉山さんも。タータンは思ってるほど弱くないわ」


 にこっと笑い、直樹は珍しく美香子に言った。

 美香子は滅多にない事に驚きを隠せず、目を瞠った。


「落ち着いて。ね?」


 花音と美香子を交互に見る直樹。

 自身の動揺を面に出さずにいる直樹が、花音の目には眩しく映った。