To.カノンを奏でる君

「言ってよ! つらいって、痛いって、苦しいって! 言ってくれなきゃ分かんないよ!」


 ポタッ…ポタッ…


 床に、小さな小さな水溜まりが出来る。

 とうとう涙を流してしまった。祥多の前で涙を見せてしまった。

花音は悔しそうに唇を噛む。


「……お前はあの日以来、俺の前でそう泣かなくなったよな。俺は我慢せずに泣いて欲しかった」


 思わぬ反論に花音は戸惑う。祥多は苦笑して、花音の腕を引いて抱き締めた。


 強く、強く、想いの分。


 花音はただ驚いて、何も言えない。


「ごめんな。俺があんな約束しなきゃ、お前ももっと楽だったんだな。あの時は約束する事がお前の為だと思ってたから」


 耳許でか細く、そして初めて告げられる祥多の想い。


「逆に苦しめたな。ごめん」

「祥ちゃん…っ」

「もう少しだけ付き合ってくれ。俺、頑張るからさ」

「ふ…、うんっ…」


 つらそうな祥多の声に、花音は力強く頷いた。それから祥多の背中に手を回す。


「お前が素直に泣いてくれんの、ずっと待ってた」


 ぼそりと祥多は言う。


「お前が泣いたら俺、こうして抱き締めて慰めてやろうって考えてたんだよな」

「祥ちゃんっ」

「なぁ、花音。俺、お前に逢えなくなるのが一番怖ぇよ…」


 消え入りそうな祥多の本音。初めて聞けた祥多の弱音を、花音はまっすぐに受け止めた。