To.カノンを奏でる君

「何弾く?」


 祥多はピアノに向かう。

 花音は楽しそうに近づき、祥多の隣に手を置いた。


「連弾しない? 久し振りに」


 長いこと連弾していない事を祥多は思い出した。頷き、先にメロディーを奏でる。曲はもちろん、カノンだ。

 祥多の軽快なメロディーの後に続く花音。

 高低の違う音が不協和音を奏でる事なく綺麗に重なり合う。


 二人はまるで夢の中にいるような楽しい気分になった。

 ポロンポロンと零れる音色は空気中を跳び跳ねる。


 祥多とピアノを連弾するこの時が永久に続くような錯覚に陥りかけた時、カノンは終わりを告げた…。


「祥ちゃん」

「ん?」

「私の前で格好つけなくていいんだからね」

「何だよ、急に」

「私、理解したいよ。ちゃんと分かりたいよ、祥ちゃんの事」


 いつの間にか涙声になっている事に気づき、花音は慌てて口を閉じた。ついと祥多から目を逸らす。


「どうした?」

「祥ちゃんはいつも、つらい事は一人で抱える。私には表しか見せてくれない」


 花音が何を言いたいのか、祥多は理解した。何故、弱音を吐いてくれないのか、そう訊いているのだと。


「花音…」

「あの約束は撤回されていない。なら、私達は友達でしょう? 親友でしょう? 幼なじみでしょう?!」


 それ以下でもそれ以上でもない、花音は目に涙を浮かべながら訴えた。