To.カノンを奏でる君

 少し重いドアを開けると、祥多は自分で中へ入って行った。花音はその後に続く。

 ピアノの傍に車椅子を停め、立ち上がった祥多を支えようと手を出すと、祥多が首を振って拒んだ。


 自分で椅子に座り、ピアノと向き合う。


「不思議だよな」

「え?」

「こうして一緒にいる事。俺とお前はピアノがなかったら全然違う今を生きてたかもしれねぇな」

「……そうかな」

「俺と花音がピアノに興味を持たなけりゃ、単なるお隣さんで終わってたかもしれねぇだろ?」


 月明かりに照らされた祥多の顔が寂しげに浮かぶ。

 チク…と花音の胸が痛む。


「出逢わなければ良かった?」


 つらさと苦しさとをひた隠しにして、花音は平然とした顔で尋ねた。


「……少なくとも、お前が苦しむ事はなかった」


 逸らす事なくまっすぐに花音を見つめる祥多。

 相変わらず一人で全てを背負おうとする祥多に、花音は泣きそうになった。しかしそれを我慢する。


「ピアノがなくても、私はこの今を生きてたよ」

「花音?」

「ピアノがなくても、病気でも、私は祥ちゃんの傍にいる事を選んでた」


 笑みを浮かべ、花音は断言した。

 有りのままの事実。花音はきっとピアノがなくても祥多を好きになった。そう確信していた。


「そ……か。サンキューな」


 嬉しそうに笑う祥多に、花音も笑み返した。


(私は出逢えて良かったよ、祥ちゃん)


 それがどんな結果をもたらそうと、その気持ちは変わらない。