To.カノンを奏でる君

 そっかと答え、花音は車椅子に乗った祥多に赤いチェックの膝かけをかけてやった。


「あぁ、でも一つお願いを聞いて」

「何?」

「写真撮らせて」


 予想外の言葉に、花音は驚いていた。祥多は直樹らしい言葉だなと笑みを零して頷いた。

 やがて花音は苦笑し、祥多の横にしゃがみ込んだ。


 直樹はカメラを構え、レンズを覗く。

 シャッターボタンに手をかけ、押す瞬間――祥多が顔を横に向けた。そのまま写真が撮れてしまった。

 直樹は驚いて祥多を見ると、祥多は口パクで上手く撮れたかと訊いて来る。

 わざとだと気づいた直樹は呆れながら頷いた。


 フィルムに刻まれたのは、笑顔の花音と、そんな花音を幸せそうに見つめる祥多。


(最高の写真よ、タータン)


 直樹は胸中で呟く。


 三十分ほどで帰って来るからと言い、花音は祥多を乗せた車椅子を押して出て行った。

 直樹はそれを笑顔で見送った。


 夜を迎え、静かな廊下を花音と祥多は進んで行く。


「久し振りだな、ピアノ室」

「そうだね」

「さっき目が赤かったな。泣いたのか?」

「ちょっとだけだよ。松岡さんの話を聞いてる時に感極まってね。本当に目敏いよねぇ、祥ちゃん」

「お前が分かりやすいだけだっつってるだろ」

「悪かったねっ、分かりやすくて!」

「や、悪かねーよ。単純で扱いやすくて寧ろありがたい」

「祥ちゃんのバカ!」


 しょうもない言い合いすら愛しく思える。以前感じていた愛しさより愛しかった。

 それは先の見えない未来がすぐそこまで迫って来ているからかもしれない。