真っ白な廊下を無心に歩き、ナースステーションでピアノ室の鍵を借りた花音は、祥多の病室の前まで戻って来た。
一呼吸の後、静かにドアを開ける。
ドアの開く音に、椅子に座る直樹が振り返った。
「おかえり」
ふわりと綿飴のように柔らかく笑い、直樹は花音を迎えた。
「ただいま」
花音はそれに答え、ベッドの上でこちらに背を向け横たわる祥多を目に止めた。
「どうだった、松岡さんのお話は」
「…うん、聞けて良かった。祥ちゃんは?」
「少しつらいみたい。ノンノンが出て行ってからすぐに横たわって」
直樹の言葉を聞いて花音は祥多の顔が見れる場所に回った。
花音はつらそうな顔をして目を閉じている祥多の額に触れた。
祥多はひやりとした手のひらの感触を感じ、薄く瞼を開いた。そして捕らえた、愛しく思う少女の穏やかな顔。
「つらい?」
心配そうに見つめる花音に思わず笑みを零し、重たい腕を動かして微かに赤らんだ頬に触れた。
花音は指先の冷たい祥多の手のひらを受け入れ、自らの手のひらを重ねた。
「ねぇ、祥ちゃん。ピアノ室に行かない?」
花音の問いに祥多は笑みを浮かべて頷き、ゆっくり起き上がった。
車椅子を準備した花音は、直樹に目を向けた。直樹は穏やかに笑って首を振る。
「アタシはここで待ってるわ」



