To.カノンを奏でる君

「らしくないわ」


 そう言う直樹を見つめ、祥多はやっと口を開いた。


「頼みたい事がある」

「頼みたい事?」


 直樹は復唱し、まじまじと祥多を見つめる。

 祥多は少し疲れたような顔をしていた。不安になった直樹は横になる事を勧めたが、祥多は聞かない。

 直樹が溜め息を吐いてパイプ椅子にもたれた時、俯く祥多が口を開いた。


「お前にしか頼めない」

「何?」

「これ」


 そう言って直樹に差し出したのは、白い封筒。

 直樹は首を傾げながらそれを受け取る。


「もしもの時に、花音に渡してくれ」

「なっ…、タータン?!」

「頼むな」


 淡く儚い泡のように笑んだ祥多に、直樹は反論する。


「聞かないわ、そんな頼み事! 聞いてやるもんですか!」

「直」

「そんな声で呼んだって無駄よ!」

「頼む」

「やめてよ! 絶対絶対絶対助かる! タータンは死なない、死なせないっ!!」

「直!!」


 声を張り上げた直樹を制する為に祥多も声を張り上げた。今の容体からすれば、あまり思わしくない行為だ。


「直」


 祥多は優しく直樹を呼ぶ。

 直樹は顔を覆い、俯いていた。


 分かっているのだ。祥多にもしもの事があると、直樹はちゃんと理解している。


 しかし祥多にはそれを考えて欲しくなかった。祥多と花音にだけは、未来を信じて欲しい。