To.カノンを奏でる君

「祥多がどーしても会いたいって言うの。会ってあげて」

「でも私、風邪引いてて」

「大丈夫よ、少しの間くらい。さ、どうぞ」

「……ありがとうございます」


 花音が入ると、祥多の母は扉を閉めた。


「あの、時枝さん」

「草薙さん。お久し振りです」

「済みません、風邪を引いているというのに連れて来てしまって…」

「いいえ、こちらの方こそ済みません。風邪を引いているのに来させてしまって。わざわざありがとうございます」

「そんな」


 母親同士が話している間、再び目が合った直樹と美香子は火花を散らし、お互い顔を背けてソファーに座った。


 病室の中に入った花音は、静かに歩み寄った。白いベッドの上で、蒼白い顔で微笑む祥多の方へ。

 ぎこちなくベッドの傍らにあるパイプ椅子に腰を下ろすと、上目遣いで祥多を見やった。祥多は苦笑して花音を見つめ返す。


「どーしても会いたいって、母さん大袈裟だよなぁ」


 笑いながら頭を掻く祥多。花音はそんな祥多をまっすぐに、つらさを含んだ瞳で見つめていた。

 花音の切実さを孕んだ瞳を受けた祥多は笑う事をやめた。

 元々、自身も面白いと思っていたわけではなかったからか、それはすぐに収まった。


「……直樹から訊いたのか?」


 苦か楽かと言われれば、辛うじて楽と答えられるほどの微妙な声音だった。