To.カノンを奏でる君

 もっともな言い分に、花音は言い返す事が出来ない。

 ただ祥多に逢いたかった、などという答えが自分勝手な行為だと糾弾される事は、目に見えて分かっていたからだ。


「マスクしてたら移らないわけ?」


 花音は何も言えず、口許──マスクを押さえる。

 俯いた花音を庇い、直樹が前に出た。


「いい加減にしなよ」

「出た。そうやって花園君がすぐ庇うからダメなんだよ」

「何だと……?」


 声音が低くなり、“男”を出した直樹。


「いいね、花音ちゃん。庇ってもらえて」


 嫌味たっぷりに美香子は花音に言った。その事に対し、直樹は凄まじい怒りを覚える。


「祥多に振り向いてもらえねぇからって八つ当たりすんじゃねぇよ。大体、庇われる事の何が悪い?」

「直ちゃん」

「ふざけんなよ。何がいいね、だよ。僻んでんなよ」


 痛い所を突かれた美香子は、一瞬怯む。

 お互い一歩も譲らない、進退のない状況に戸惑う花音と花音の母。


 直樹と美香子はお互いしか見えていないようで、気にした素振りは全く見せない。

 困り果てているところで、助け船が出された。

 静かに病室の扉が開く。一同、一斉に病室に目を向けた。


 顔を出したのは、祥多の母だった。


「あ、やっぱり花音ちゃんだ」


 祥多の母は花音の姿を認め、てくてくと歩み寄った。