目を見開く直樹を見、花音はくすりと笑う。


「そんな人でしょ、祥ちゃんは。“想い”に対して誠実だから。そんな祥ちゃんだからこそ、渡せなかった」

「そうだったの」

「でも今年は少し考えてもいいかな」

「え?」

「あげなきゃいけない、そんな気がする」

「ノンノン」

「果たして、義理でも受け取らない祥ちゃんが受け取るかしらねっ?」


 にっこり笑って、花音は直樹と握っていた手を放した。

 もう花音の家が見える位置にいた。


「じゃあまた明日! 直ちゃん、猛ダッシュで帰ってよ!」

「はいはい。また明日」


 満足そうに頷き、花音は自らの家へと帰って行った。


「歯痒いって、この事を言うんだろうなぁ…」


 直樹は緑色の毛糸で編まれた手袋に、出来るだけ温かく息を吹きかけた。

 それで寒さが凌げるわけではないと分かっていながらの行為だ。


「バレンタイン、ねぇ。思うにタータンはノンノンがくれるのを待ってるんじゃないかしら」


 花音を送り、帰路に着いた直樹は一人呟いた。

 自分で口にした言葉について考え、小さく息を吐く。


「……深読みしすぎ? ま、楽しみにしておきましょーか」


 鼻唄を歌いながら、軽やかに歩く直樹。

 静まり返った夜道に、優しいトロイメライが残った。