To.カノンを奏でる君




 直樹は早足で歩く花音を追う。


「ノンノン! ちょっと待って!」


 息を切らし、苦しさに目眩を感じる。

 直樹の懸命な呼びかけに、やっと花音は足を止めた。直樹は胸を撫で下ろし、花音に近寄る。


「どうしたの」


 顔を覗き込んだ直樹は息を飲んだ。

 花音の目からポロポロと止めどなく涙が零れ落ちている。


「ノンノン……?」


 気遣うように優しく声をかける。すると、花音は鳴咽を漏らした。


「うっ……ふ……ひっく」


 止まらない涙を懸命に拭い、声を抑える。

 直樹を困らせないよう涙を止めようと努力するが、逆にひどくなるばかり。


「今日無表情でいたのは、泣かない為だったのね…?」


 直樹の柔らかな声に、花音はこくんと頷いた。

 泣くまいと思っていたら、いつの間にか無表情になっていたのだ。


「今日一日よく頑張ったわね。お疲れ」


 頭を撫でてやると、花音は直樹に抱きついた。少し驚きながらも、直樹はそんな花音を受け止める。

 小さいながらもたくさんの事を抱えて、我慢して、本当によく頑張っている。

 直樹は自身より小さな花音を見て思う。


 こんなに頑張っても頑張っても、花音の想いは報われないのだ。祥多が譲歩し、約束を撤回しないまでは。