「私、もう行かなきゃ」



頭で考えるより先に、

想いが言葉となって外に出た。


「ちょっと待って!」

「なに?」



帰ろうとしていた詩野が、そのまま首だけを僕に向ける。







「少し、話そうよ」




僕らは噴水を広く囲む、

五十センチくらいの段差に腰掛けた。



二人の間に空いた微妙な距離が、僕らの関係を語っていた。


「今日は結んでないんだね」

「え?」

「髪の毛」

「いつもこうよ?」

「あ…そうなんだ」



僕は話題を変えた。



「毎日、ここで?」


噴水の音に負けないように、少し声を張る。


「月曜日以外は毎日来てるわ」

「すごいね。いつもこの時間?」

「うん。昼間はバイト」

「学校は?」

「辞めたわ。夢が諦めきれなくて」

「そっか。相当だね」

「昼間はお金貯めて、夜はここで歌う。それが今の私の全てなの」

「オーディションのため?」

「それもあるわ。あとは、機材とか、どこかでライブやるにもお金は必要だから」

「そうだよね…」


学校を辞めてまで、夢を追うことを選んだ詩野の目はいつになく真剣だった。





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