「大丈夫だよ。頭を軽く打っただけだから」
青紫に変色した口元のアザが痛む。
「嘘ばっかし」
「……。それよりノックくらいしてよ」
「……。明日には退院できるそうよ。たかが喧嘩の傷なんだから」
そう言いながら母さんが、びしょ濡れになったレインコートを丁寧にたたむ。
「床濡らすと看護婦さんに怒られるよ」
「大丈夫よ、これくらい」
「……。自転車で来たの?」
「歩きじゃちょっと遠いでしょ?かと言ってタクシー使う距離でもないじゃない?」
「そっか」
「あら、ここナイフないのかしら?ちょっと下で借りてくるわね」
そう言うと母さんは、持ってきた果物を台の上に置いて、
少し駆け足で病室から出ていった。
…詩野は、あれからどうしたんだろう。
ちゃんと家に帰ったんだろうか。
ショックで寝込んでないだろうか。
オーディションには、ちゃんと行けるかな…
大丈夫。
とにかく信じよう。
詩野は、きっといつものように、笑顔で報告に来てくれる…
その時は…
僕は、大きな窓にうっすらと浮かぶ自分を見つめ、
力強く頷いた。
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