翌八月一日、午前九時、小郡駅のキオスクで女はそこにある地方紙の全てを買った。それら四種の朝刊を抱きかかえ、女は新幹線ひかりのグリーン車に乗ってサングラスをはずした。夏休みのさなか家族連れで八割方埋っていたが、幸い女は窓際の席を確保できたうえに隣は空席であった。
「ホルンフェルス断層下に転落男の死体」という見出しを女は予想しつつ目を皿のようにして社会面を捜した。山口市で花火大会の花火暴発でけが人が出たことを各紙は報じていたが、目当ての記事はなかった。
『まだ、死体が発見されていないんだわ。あっ、そうじゃない、朝刊の締め切りに間に合わなかったんだ、きっと』
動悸が収まると空腹に襲われ、昨晩から食べていないことを思い出した女はサングラスを掛けて車内販売のカートを追った。幕の内弁当とペットボトルのお茶を買い、着席するや否や、隣席に人がいないこともあって決して上品とは言えない食べ方で詰め込んだ。
『おいしい!いままで車内販売の弁当がこんなに旨いと思ったことなんてなかった』
500ミリリットルのお茶もすぐになくなってしまった。
 食欲が満たされると睡魔が女を捉えた。今朝方に少しだけまどろんだのみだった女はベアバックの薄青ワンピースに白カーディガンを羽織って足を組んだまま眠りに落ちた。

「お客さん、お客さん、すみません」
「えっ」
女はドキッとした。警察の訊問かと思って目が覚めると眼前には制服制帽の男がいた。女は組んだ足をほどき、背を伸ばして相対した。
「お休みのところすみません、乗車券、グリーン券を拝見いたします」
「あっ…・」
女がもう一度男の顔を見たら車掌であることが分かった。
「申し訳ありません、よく寝ていらっしゃるところを」
「い、いいえ」
女は左後ろに置いたポーチから切符を取り出して車掌に渡すと同時に安堵心が襲い、座席からずれ落ちそうであった。
『あっー、びっくりした』
時計を見ると午前十時を回っていて、ひかり号は広島駅を過ぎたところだった。
『せっかく気持ちよく寝てたのに、もうしっかり目が覚めちゃった』
小郡から約四〇分間女は熟睡したのだ。手洗いへ立った。