「別れても、好きでいていいですか…?」

 突然の甲高い音に美和は肩を跳ねあげる。

「なに!?」

「お湯が沸いているんだよ。早くしないと噴きだすぞ」

 わかってるわよ──と捨て台詞を残して美和は慌ててコンロのスイッチを切る。

「アツッ!」

 美和の小さな悲鳴は、ステンレス製の蓋が落ちた音に掻き消された。櫂は反射的に立ちあがる。

「おいおい大丈夫か?」

 キッチンに入ると中は無茶苦茶な有様だった。至る所に野菜の切れ端が落ちているし、醤油などの調味料はこぼれているし、加菜子愛用の鍋釜がシンクに散乱している。どれを使っていいのかわからなかったらしい。

「ほら早く冷やす」

 そんな惨状はさておいて、櫂は美和の手を取ると水で冷やし始めた。

「ごめんなさい」

 美和がめずらしく謝ってくる。

「勝手を知らない台所だからな。いま塗り薬持ってくるからしばらくそうしてな」

「大丈夫よ。これくらい平気」

「とにかく持ってくるから」

 美和の手を離すと、彼女は小さな声をもらした。

「なに?」

「ううん。その……なんでもない……」

 櫂は塗り薬を持ってきた。改めてキッチンを見渡すとなかなか壮観な眺めだった。

「しかしこりゃ……加菜子に料理をさせたみたいだな」

「お姉さん料理はあまり上手じゃないの?」

「料理はあいつの趣味だよ。ただ、恐ろしく不器用なんだ」

それじゃ普段からこんな感じ?」

「いつもはオレが作っている。あいつは休日限定。そうじゃないと夕食にありつけない」

 そういうと美和は目を丸くした。

「だから櫂くん、バイトの時もあんなに上手かったんだ。びっくりしたのよね。リンゴの皮がするすると剥けていくときは」

「慣れているからな」

「櫂くんって意外といいパパになれそうよね」

 櫂は美和の笑顔を見た。美和は首を傾げている。肩の辺りで切りそろえられた栗色の髪が微かに揺れた。

「どうしたの? 櫂くん」

「いや──なんでもない」

 おまえって結婚願望強いのか?──櫂はそういいかけてやめる。

「あ。そっか。意外とっていうのは余計よね。ごめんごめん」

「どうでもいいさ。そんなことは」