携帯電話が鳴るたびに心が高鳴ってしまう。

 急いで取りだして画面を見てもあの人の名前は表示されていないのに。

 あれから……ぱったりかかってこなくなっちゃったな。

 ちょっとかけてみようかな?

 でも櫂がいうとおり迷惑だよね。

 見返りのない愛ってあこがれだった。

 わたしは……見返りを期待してたのかな?

 お返しがもらえないと好きでいられないのかな?

 そんなふうにしか、好きになってなかったの?

 ねぇ。この気持ちは何?

 どうしてわたしは悲しがってるの?

 ねぇ……



「あのバカ」

 櫂は奥歯を噛みしめるとノートを閉じる。

「こんなくだらない日記つけやがって」



 しばらくは後を付けていた。

 正面玄関で事を起こすわけにはいかなかったから。

 でも本社ビルから遠のけばもはやどうでもいい。

「なぁ。あんた」

「……え?」

 男が振り返る。

「結城猶人さん、だよね?」

「……ああ、そうだけど」

「そう」

 櫂は滅多に笑わないと周りの連中からいわれてきたし自分でも自覚している。つまり無愛想だということだ。

 だが今は違った。櫂は、笑っていた。

「そう。あんたが結城さん」

「そうだが……キミは?」

「二つほど お願いしてもいいかな?」

「は?」

「まずは一つ目」

 櫂の笑顔はそのとき頂点に達した。

 右の拳を限界まで握りしめる。

「何も聞かずに──とにかく一発殴られろ!」

 派手に倒れ込んだ音が、往来の激しい繁華街の中に響き渡っていた。