「だから、いったんだ……」

 櫂は、目をつぶる。

 瞼の奥に、加菜子の少し戸惑った顔が浮かんできた……

 ……あのね……わたし、告白されちゃったの……

 え? 誰に?

 会社の先輩。

 新入社員に手を出すような奴なんかろくでもねぇよ。やめとけ。

 そ……そんなことないよぅ。すごくいい人なんだから。

 善人面した奴ほど裏では何やっているかわからないんだよ。

 なによう。会ったこともないくせして……

 写真でもあんのか?

 あ。うん。あるある。これ。

 おまえみたいなお嬢さま育ちの子供をコロッと騙せそうな顔してるな。

 誰が子供ですって?

 特に処女を狙うタイプだ。

 ☆◎×!■△!? な……なな……何いってるのよ!?



 ──いつの間にか眠っていたらしい。

 外は雨が降り出していた。アスファルトにはじける大粒の滴が体を打ち据える。傘を差して歩いていく学生たちは怪訝な顔をして櫂に視線を投げかけていた。

「だから、いったんだ……」

 うっすらとあけた目に雨が入り込み、溢れて落ちる。

「もっと……いえばよかった……」

 まるで梅雨の終わりを惜しむかのような大粒の雨が体に当たる。

「……いえばよかったんだ……」

 櫂は、ベンチに座って雨空を眺めたまま立ちあがろうとはしなかった。