君がいちばん好き

ノー残業デーの社内はシンと静まりかえっている。
残業常連の沼久保くんも定時に帰った。
いるのは社員通用口の守衛室の守衛さんと事務室に私たちだけ。

「で、なに?」
不機嫌そうな声で切り出したのは直之。
私は深呼吸をする。
「別れて」

直之は笑う。
「なんで?」
「は?」
「別にいいよ。俺、許すよ」
私は全身粟立った。
「どうせ一晩の事なんだろ?オマエは二股できるほど器用じゃないしな」

何を言ってるんだろう、この男は。
私に暴力振るったのはそっちだ。
妻子があるのにまだ私を自分に縛りつけようとする。

「私、幸せになりたいの」
この男は私にぬくもりすらくれなかった。
「あなたとは幸せになれない」

直之が信じられないという風に目を見開く。
「俺が結婚しているからか?ならもっとオマエとの時間を取るから…」

カチャリと事務室の扉が開く。
私たちは扉から入って来た人物を見る。

「高原くん」
「高原」
私と直之の声が重なる。

高原くんが直之に一礼する。
「お久しぶりです、坂井さん」
直之が苦虫をかみつぶしたような顔をする。
「高原…まさかお前が桜川の浮気相手だったとはな」
「浮気相手?あんたに言われたくない」
高原くんの声が冷たくて私はビックリした。
優しい高原くんのこんな顔は初めてだった。

「オマエも趣味悪いな。先を考えて独身エリート君にしたか?」
私は気付いたら直之に平手打ちをしていた。

「馬鹿にしないで」
悔しかった。
私と高原くんのことをそんな風に言われたくなかった。

打たれた頬を押さえる直之に高原くんは一枚の紙を差し出す。

「坂井チーフ明日付けで異動です」
それは辞令が書かれた書類。

確かに明日付けで地方店への異動が記されている。

「明日すぐには無理でしょうから転勤の準備期間を一週間差し上げます。その間は出社不要です」
正式な辞令。
しかも左遷といわざるを得ない人事。

さすがに坂井チーフも肩を落とす。

「会社に残れるだけマシだと思って下さい」
高原くんは私の背に手を置く。
「彼女に再び近づいたり、何かすれば今度は全力で潰します。」
厳しく、冷たい言葉に反論はなく、私は高原くんに促されて事務室を一緒に出た。