名も無き恋【短編】

こんな風に、

朝方走り去る彼を見送った、
この日の夕方のことでした。



「おっ!いたいた!元気だったか~?」



びくっ!



突然の声に対して反射的に振り返った先には、

あの人がにこにこしながら立っていました。


何か言いたげな、

もったいぶった笑顔でした。


珍しい冬の蝶々に気を取られ、

公園の真ん中まで追いかけて油断していたところ、

あっさりとそう呼び止められたのです。



せっかく朝は耐えたのに―



私は

踏みとどまろうか
逃げようか

ものすごく迷い、

足がもつれてよろめいてしまいました。


端から見れば、
完全に挙動不審だったでしょう。


ふらつきながらも
彼の方を黙視していると、

あの人は
例の大きなカバンをごそごそ探っていました。