底辺会にて。

マスター松野の言葉の後、しばし固まっていると秀吾が私の肩をぽんぽんと叩いた。


「俺も負け組だぜ。色々あってな。てんでダメな奴とか後ろ指さされながら生きてきたが夢はある!希望もある!見ててくれよぉ有村ちゃん!」

「何で私に見せるのだ!お前が夢を果たそうが私を巻き込むのはやめてくれ」


全く、人が物事を考えているのに空気が読めない奴である。


いっそ口に鎖でも巻いておくべきではないだろうか。


「じゃあ僕は着替えてから参加しますね。盛り上がっているとこにすいませんでした」


先生が頃合いを見て軽く会釈をしながら言い残し、店内奥の自室へと繋がる階段を上がっていった。


先生の後ろ姿を見送りながら秀吾が呟いた。


「先生は大変だなぁ。確か駅前にあるでかいオフィスビルの警備員だっけ?いつもならこの時間まだ働いてるもんな。先生も何かあるんだよなぁ、どう思うよ有村ちゃん」

「どうもこうもあるか。余計な詮索は相手に対して失礼だ。万死に値する。彼も彼なりにあるのだ、何があるにしても夢を持ち堂々生きていくに違いない」

「冗談だよ。どうでもいいけど有村ちゃんはとことん職業病だよな。万死に値するなんて使う奴いまどきいないぜ?」


この男、論点がズレても全くお構いないらしい。


先生は私が風鈴荘に越してきて顔を合わせたのが一番遅かった。


彼は普段は夕方から明け方くらいまで駅前にあるオフィスビル内の警備員の仕事をしている。


たまたま秀吾が先生を半ば無理矢理な感じに捕まえ、私の部屋で一献交わしたのがきっかけなのだ。部屋は204号室。秀吾と同じく隣人だ。


昼間は寝ているのか物音一つたてず静かに暮らしている。もう一人の隣人とは大違いである。


そうこうする内に先生が普段着に着替え、すずらんに下りてきた。やはり普段着でも細いという印象だ。


申し訳なさそうに私の隣に座り、テーブルの上にそっといささか高そうな日本酒を置いた。


「ほぅ、これは」


マスター松野が目を丸くした。日本酒はマスターの大好物だ。かくいう私も大好物である。


秀吾は一升瓶を物珍しそうに見つめている。


「高そうな酒だなぁ。先生これどうしたんだよ」


先生は少々照れ臭そうに頭を掻いていた。