底辺会にて。

「お帰りなさい。乾さん。今日もお疲れ様でしたね」


マスター松野も入口の男に気がつき言葉をかける。男は軽く会釈をした。


「今日は中途半端に仕事が終わりまして。お邪魔してすいません」


男は申し訳なさそうにこちらに近づいてくる。間近で見るとやはり長い細いという印象を持つほど痩せた長身である。


彼の名は乾 敏伸。20~40代とも見える年齢不詳のやや頬がこけた長身の細身の男である。失礼ながら見るからに幸が薄そうな雰囲気がある。


無論私は彼を蔑んで見てはいないしここの住人皆が彼の持つ類い稀なる博識ぶりに尊敬の念すら抱いている。


だが一同彼に思うことは、もう少し自信を持てということだ。彼は少々自分を謙遜しすぎである。


「先生よ。ちょうど今から宴を始めようと思っているところだ。君もさぁ席に座りたまえ。一献交わそう」

「宴じゃねぇや。底辺会だぞ、有村ちゃん」


秀吾が余計な茶々を入れる。ちなみに『先生』というのは彼のあだ名である。


「私はそのネーミングは好かん。底辺というのはあまりに後ろ向きな感じがする」


私は秀吾に異議を唱えたつもりだが、マスター松野が反応した。


「できる奴が世の中を支えてるんじゃない、できない奴が努力して支えてるんだ。....昔学校の先生が言ってた言葉でしてね。勝ち組や負け組なんて分けられる世の中ですから尚更忘れられないんですよ。...ここの住人は訳ありが多い。私も含めてね。詳しくは言えませんがとても勝ち組なんていえたもんじゃない。むしろ社会からは負け組と見られますかね」


マスター松野はカップを拭きながら私に微笑みかけた。


秀吾も目を閉じて、口元は微笑みながら珈琲を口にしている。


「けどね腐ってなんかいられないと思うんです。負け組だから、社会の底辺なんて言われてるからこそ私達は前を向いていかないといけない。足掻いて強く生きる苦悩を知ると勝ち組にはないものがきっといつの日か手に入ると思います」


マスター松野はやや照れ臭そうに二度三度軽く咳ばらいをし、私の空になったカップに珈琲を注いでくれた


「底辺も捨てたもんじゃないですよ」


マスター松野の目がとても力強く、そして輝いてるように感じた。