この男の名は奥村 秀吾。私と同い年だが風鈴荘に住んでもう2年になるらしい。


部屋は202号室で私の隣人である。その縁のせいなのか、又はこいつの暑苦しい性格のせいなのかはわからないが、越してきて早々廊下で鉢合わせした秀吾は私の上から下をジロジロと観察した上、肩を軽く叩いた。


そして開口一番


「これからよろしく!底辺の集まりへようこそ同志よ。歓迎するぞぉ!ガッハッハッ」


呆気に取られる私を尻目に歯ブラシを加えたピチピチのシャツに短パンの長身の男はすたすたと自室に戻ってしまった。


それからというもののこの男は暇を見つけては私を飲みに誘い一方的に自身の事を喋り散らしては「有村ちゃんも大変だなぁ!」と笑う。


全く何を考えているのかわからない変人なのだ。こいつのせいで仕事が遅れたことはもう何度あるだろうか。


「有村ちゃんたまには外でた方がいいぜ。篭ってると体に悪い」


秀吾は意気揚々と私の隣に勢いよく座り私の背中を叩いた。


「私の心配はしないでよろしい。私は仕事柄致し方ないのだ。お前の飲んだくれた生活習慣の方がよほど体に悪い」

「松野さん。こいつの本もう読んだ?なかなかっすよ。ただケチつけるとすれば値段かな?1400円は高いぜ」


私の言うことなど既に聞いてはいない。つくづく勝手気ままな男である。


「有村さんの作品は読ませていただきましたよ。確か読んだのは『待ち望む果ての先に』という作品でした。確かデビュー作ですよね?」

「あり?俺が読んだのは誰が..誰が呼んでるだっけ、有村ちゃん」

「『君が呼んでいる』だ!著者本人を目の前にして題名を間違えるとは失礼すぎるぞ!」


秀吾は途端に大笑いし私の背中を再び強く叩いた。マスター松野も笑っているが品の違いは顕著に出ている。


一向に笑いをやめない秀吾を制止するかのようにマスター松野が珈琲を秀吾の前に置いた。


野獣のように騒いでいた秀吾がすぐさま大人しくなった。今は美味そうに珈琲を口にしている。


「現金な奴め...」


ポツリと言った一言も既に聞こえてはいないだろう。


一度小さなため息をつき、店の入口を一瞥すると一人の警備員姿の秀吾より長身の細い男が立っていた。