今年の夏は暑かった。
9月になれば幾分和らぐかと思われた夏の日差しは退却する様子はなく、依然として猛威を振るい続けている。
しかし異常な猛暑の力はここ風鈴荘で嬉しい悲鳴となって遺憾無く発揮されていた。木造二階建てのこのアパートは少々特殊な造りをしている。
一階の大部分が喫茶店になっており、外階段は造られていない。
つまり皆自身の部屋に行くにはこの喫茶店の入口から店内の階段から向かうのだ。その為どうしたってお客と鉢合わせしてしまうのだが、猛暑のせいか連日満席になっている。
ちなみにこの喫茶店すずらんは大家の松野さんがマスターを勤めている。ここの日替わり珈琲は私も大ファンである。
申し遅れたが私こと有村 圭は物書きを職とした小説家である。経緯は省略するが苦節を乗り越え今では食べていける位までなった。
だが上京してきて3年。都会の空気が合わず都心よりやや離れたこの町に越してきたのだ。
この風鈴荘に行き着くまでに不動産屋には大変手間を取らせたがようやく落ち着いたのがこの造りも住人もどこか妙なアパートであった。
現在、私や大家さんを含めこの風鈴荘に住んでいるのは6人。空きは私が越してきてなくなった。
「あなたも物好きな人ですねぇ。こんな奇妙なとこを選ぶとは」
入居の際、真っ先に大家の松野さんに言われた一言だ。松野さんは見た目はまさに老紳士。その出で立ちは気品が溢れている何とも瞳の優しいおじいさんであった。
会って間もない頃の会話を思いだす。
「一度ね、一度うちの店の珈琲でも飲みに来て下さい。口に合うかわかりませんが」
「うちの店...とは?」
「下の喫茶店はね、私がマスターをしているんです。目玉は日替わり珈琲。評判は意外にいいんですよ」
「大家さんがマスターですか。それは何とも面白い。是非行かせていただきます」
実に優しい笑顔を浮かべ、大家兼マスター松野は思い出したかのように手を叩いた。
「そうだ、近々底辺会にもいらして下さい。皆喜びますよ」
「底辺会...?」
それが私が底辺会というものと出会うきっかけであった。
