追いかけようとしたけど、柚希の怒った顔が目に焼き付いて踏み出せない。

…くっそー…。

オレ完璧ストーカーみたいじゃん。

未練をふっきるように回れ右をして、君を捕まえるための左手はポケットにしまった。

やっぱりオレは遺伝学の講義を受けなきゃいけないらしい…。


「参考文献を読んで、がん発生のメカニズムを説明したレポートを提出するように」


15分遅れで入った講堂。

厳しくて有名な遺伝学の教授に言い渡された、罰則レポート。

単位を落とすよりはマシか?

どーせ柚希とは会えないし、時間は有り余ってるんだ。

心ここにあらずのまま、ただ席に座って教授の子守歌(?)を聞いていた。

柚希の顔を思い出す。

なんで怒ってんの?

確かに“来ないで”って言われたのに行ったことは悪かったと思う。

でもさ、カレシなんだから見舞いくらい行ったっていいだろ?

来られちゃマズイのか?

相変わらず何の反応もないケータイは、なんだか寂しそうに見える。

いつもなら柚希のほうが“なんでメールくれないの?”って怒るのに…。

完全に立場逆転だ。




家庭教師のバイトを終えた夜の8時すぎ。

生徒の家を出て、遠くに見える大学病院の光をぼんやりと眺めた。

柚希、なにしてんの?

冬の始まりの風が、今日は余計に冷たく感じる。

思わずケータイを開いているオレがいた。

1コール、

2コール、

3コール目。


『……もしもし…?』


少しかすれた柚希の声が聞こえた。