テレビではテニスの試合が放送されていた。
世界的に有名なトーナメントだ...確か、全米とかウィンブルドンとかそういった名前の。
あいにく僕はテニスには疎いし、さほど興味があるわけでもないので全米だろうがウィンブルドンだろうが構いはしない。
ただこれといって観たい番組もないので、何となく観戦しているだけなのだ。

台所では妻が夕食を調理している。
その音が居間のソファに座っている僕の耳に届く。
包丁が何かを刻み、まな板を叩く音。
グツグツ鍋が煮たっている音。
それに、妻の鼻唄が聞こえてくる。
妻は結婚前、同棲を始めてからはいつも手料理を食べさせてくれた。
大学に入学してから、僕がいつもカップラーメンやコンビニ弁当ばかり食べているのを知った彼女が、そんなものばかり食べてちゃだめよ、と言って、僕の部屋に来て作ってくれたこともあった。
買い物袋を両手に下げ、僕の部屋に訪れていた当時の彼女を思い出して懐かしく感じた。
同棲期間四年、結婚生活二年か。
僕はプロポーズした時に見ていた流れ星のことを思い出した。
あの美しく瞬間的な輝きと、あの時僕の隣にいた美しい彼女を。

台所の妻を見る、その後ろ姿を眺める、妻の後ろ姿はあの頃のままだ。

どうやらテレビで行われているのは、ウィンブルドントーナメントの男子決勝らしい。
妻の後ろ姿を見ていた時、解説者がそう言うのが聞こえてきた。
僕は視線をまたテレビに戻した。
さきほどから素晴らしいいプレイの連続だ、さすがに決勝戦だと感心した。

あんなに上手にテニスをプレイできるのはどんな気分なんだろう?

僕にはスポーツの経験がないので全く解らなかった。
学生時代、僕は熱心な帰宅部だったのだ。

「ねぇねぇ、醤油きらしたみたいなの。コンビニでいいから買ってきてくれない?」

台所にいる妻が後ろからそう言った。