「お母さん、見て、見て。」
黄色い帽子に、黄色い鞄。幸男を幼稚園に迎えにいった帰りだった。
「どうしたの?」
「あれだよ、あれ。」
大きな雲を指さした。
「大きな雲ね。それがどうかしたの?」
幸男は笑った。父親を亡くしてから、しばらくこんな笑顔を見る事はなかった。それがやっと笑顔を見せてくれるようになってきた。美喜はうれしくて笑った。
「だって、あの雲、お母さんに似ているよ。」
「どの雲?」
どの雲も似たような感じだ。美喜には、幸男がどの雲の事を言っているのか、まるでわからなかった。
「あれ、あれだよ。」
もう一度、雲を指さした。その雲はどう見ても、美喜の顔には見えない。それどころか、美喜が見ると左右に大きく拡がってしまった。
「あれがお母さん?お母さん、あんなに太ってないよぉ。」
そう言うと、幸男は呆れた。
「ダメだなぁ、お母さんは・・・。」
「何がよ?」
美喜は軽くむくれるフリをした。しかし、幸男はそれを気にする様子もなく、今度は笑って答えた。
「あれはお母さんが笑ったんだよ。大きな口開けて、いつもお母さん笑ってるでしょ。だから雲が大きくなったのは、お母さんが笑ったの。」
「そ、そっか。」
幸男に一本取られた感じだ。
「じゃ、その隣にいる雲は幸男かな?」
「どれ?」
美喜と呼ばれた雲の隣に小さな雲が浮かんでいた。確かに、幸男に似ていると言われれば似てない事もない。ただまんまる過ぎて、まるでジャガイモのようだ。
「えぇ、そうかな?似てないよ。」
あからさまに不満そうだ。美喜からすれば、してやったりと言った気持ちだ。