社長の溺愛




《ふぅ…》


微かに聞こえた息づかいは、幸弘が自分を落ち着かせるためのもの



それに感化されたように、俺も深く息を吸ってゆっくり吐いた



《幸弘、翼はどうした?》



いくらか落ち着きをもった声をだせたことに少しだけ安心する

幸弘はもう一度息を吐き出すとしっかりとした口調で話した


《翼ちゃんが…誰かに拐われたようだ》


それは衝撃的な言葉なはずなのに何故だか俺には納得できた


《迎えに行ったときには既に居なかったんだ、学校側に聞いたらもう出た後だったみたいだ》

《それで?》


《数人の生徒が翼ちゃんが黒塗りの車に乗せられるのを見たって言ってた》


《まさかな…》


《いや、そのまさかだ》



俺は確信していた翼を連れ去った人物を





《《宮下吉雄………》》







ぴったり揃った声に反応する暇なんかない



《防犯カメラ映像をまとめてる》



さすが、仕事が早い



《手がかりは?》


《掴めてる、埼玉の別荘にいるらしい》


《なら今すぐに!》


《いや、それは無理そうだ》



直ぐに埼玉まで迎えに行きたい気持ちは『無理』という言葉に押さえ込まれる


《なんでだ?》


俺はぐっと唇を噛み締めながら席を立ち、ガラス張りになった窓の外を見渡した



《宮下吉雄は必ずSPをつけてる》


《だからなんだよ、そんなもんぶっ倒せばいいだろ》


《確かにな、だが翼ちゃんが人質になってるんだ、助けたいなら慎重にいかなくちゃいかねぇ》


助けたいに決まってんだろ


俺は翼がいなくちゃ息もできない