「え……?」


その名前が彼の名前ではないということを、あたしは漠然と理解した。


じゃあ。

じゃあそれは、一体、誰の名前…?



「アリス。愛しいアリス」


彼の手があたしの頬に伸ばされる。

小さかった恐怖感はいつのまにか膨らんでいて、あたしはその手を払いのけた。


少し悲しそうな顔で、彼はあたしを見つめてくる。



アリス、なんて知らない。

この人は一体誰なの…?



「認めないのもいいだろう。けれどもう止められないよ」

「な、に言って…」


「ああ、アリス……」



その何かを乞うような視線に、あたしは何故か泣きたくなった。


何なのよ。

どうしてあたしを、アリスと呼ぶの?


どうしてそんな顔……。




彼が本を手にした。

その手が真っ直ぐにあたしへと伸ばされる。








「この本を、貴女に」







その瞬間。

あたしは大きく目を見開いた。








――扉が開いてしまったんだね。

きみは思い出さないようにしていたのにね。



ねえ、アリス。


もうきみには止められやしないんだよ。


ねえ、愛しいアリス。




 オカエリナサイ!