空いている席に鞄を置き、あたしはある一箇所へと向かった。

いつも彼が読んでいる本のある棚。


そんなに分厚い本には見えなかったけど、もしかしたらとても難しい本なのかもしれない。

だって毎日毎日読んでるし。


ここらへん…と思うところで立ち止まり、きょろきょろと周りを見回す。


「あ、これこれ」


見慣れた深いグリーンの背表紙が視界に入り、手を伸ばす。

古いけど、丈夫そうな質の良い布製の表紙。

中央に金色で文字が書いてある。


 -Alice- 



「アリス……?」


って、不思議の国のアリスのこと?

あれって童話だよね。


どうしていつも彼はこの本……―



「その本」



突然背後から聞こえた声に、びくっと肩をふるわせる。

驚いた。

だけどそれ以上に、何だか妙な気持ちになった。


この声に聞き覚えなんてないのに、よくわからないけど、懐かしいような気持ち。

柔らかい違和感が、あたしの胸にすとんと落ちてきた。



「その本、興味ある?」


呆けたように固まったままだったあたしに、もう一度声がかけられる。

慌てて振り向くと、そこにはあの彼がいた。


あたしは息を呑む。

人形のように整った彼の、真っ直ぐな視線が、あたしに向けられているのだから。



「あ、えっと、…はい」


少しだけ訳もなく後ろめたい気持ちになった。

ただ本を手にしていただけで、何も悪いことはしてないんだけど。


何となく目をそらすあたしに、彼は小さく微笑んで言った。



「少し話そうか」