話は数時間前に遡る。


 この日、パトリックはどうしても外せない用とかで、エドマンドと泊りがけで出掛けることとなった。
 二人がこうして出掛けることはあまり珍しいことでは無いようで、屋敷の者は皆、主である彼を見送ることもしなかった。いや、というよりは、この屋敷自体が少々変わっているのかもしれない。伯爵の地位にいる主を、見送らない執事や掃除婦がいる屋敷は、ここを除いてきっと他には無いだろう・・・。

 働き始めた頃のメリアはここで働く人々と、その主であるパトリックとの関わりに驚くことばかりだったが、今となっては、それがここのやり方だと納得しているし、またそういうところが、モールディング伯爵家の魅力だとも感じるようになっていた。

 例のごとく、唯一メリアだけがパトリックを馬車まで見送ったのだが、ことの全ての始まりはここだ。

「じゃあ、行ってくるよ」
「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 なるべく小さく纏めたパトリックの荷物を馬車に積み込み、メリアは彼に微笑んだ。
 
「ランバート伯爵とは、どこかで合流されるのですよね?」
 こくんと頷き、パトリックは「今度は僕が彼の屋敷まで迎えに行くんだ」と説明した。

 馬車に乗り込んだパトリックが、なぜか切なげにメリアを馬車の窓から見下ろす。

「・・・どうかしたのですか?」
 このところ、彼がこうした眼差しを向けることが多くなったことを、メリアは変に思っていた。