メリアはモールディング家専用の自家用馬車の中で、緊張した眼差しで車窓から過ぎ行くロンドローゼの夜の街並みを見つめていた。

「メリア?」

 心配そうにパトリックがメリアの表情を伺っている。
 メリアははっとして彼に視線を戻した。

 メリアは今、信じられない夢のような世界に足を踏み入れかけていた。
 
 幼いとき、綺麗にドレスアップした貴族の令嬢を見ては、母親にこう尋ねたものだ。
「お母さん、わたしも大きくなったらあんなドレスを着られる?」
 すると、母は決まってこう答えるのだった。
「いいえ。あなたは着ることはできないのよ」

 今でも、そう言った悲しそうな母の横顔が目を閉じると思い出される・・・。


「本当に・・・、本当にわたしなどがこんな素敵な衣装を着ていいのでしょうか・・・」
 メリアは自分がとんでもないタブーを犯しているような気がして、とても落ち着かない気分でいた。
「どうして? とても可愛いのに」
 茶の髪を綺麗に撫で上げ、まさに完璧な井出達のパトリックは、メリアがなぜそのような心配をするのかが不思議だとでも言うように、彼女を見つめた。