「アドルフよ、あのアダム・クラークとかいう男を釈放せよ」

 玉座に腰掛けたまだ幼さの残る女王は、気の強そうな吊り上った眼差しを脇に控えるデイ・ルイス侯爵へと向けたそう言ったのだった。

「イザベラ様、今なんと・・・・・・?」
 デイ・ルイス侯爵は、我耳を疑った。
「耳が遠くなったか、アドルフ。わたくしはアダム・クラークを釈放せよと申したのだ。三度目は言わぬぞ」
 不機嫌そうに目を細めると、女王は煌びやかなドレスを持ち上げ、すっくと玉座から立ち上がる。

「は。申し訳ございませんでした」
 これ以上女王の機嫌を損ねる訳にはいかなかった。けれど、女王が突拍子も無く突然こんなことを言い出す筈も無く、どうしてもデイ・ルイス侯爵は女王のこの命令に納得
がいかなかった。

(一体どういうことだ?! ほんの数日前までは、アダム・クラーク男爵の有罪を仄めかすようなことを仰っていたというのに・・・!!)

 この日、デイ・ルイス侯爵はなんとしてもアダム・クラーク男爵の一刻も早い裁判の開廷を女王に願い出ようとしていたのだ。無論それには大きな理由がある。これ以上ア
ダム・クラークを生かしておけば、近いうちにデイ・ルイス侯爵自身の身にも飛び火しかねないと危惧した為だ。
 女王イザベラは、デイ・ルイス侯爵に絶対の信用を寄せ、彼の言うことを鵜呑みにするところがあった。アダム・クラーク男爵の悪事を見抜く為に、デイ・ルイス侯爵は敢
えて諜報的な動きをしていた、と女王に報告していたが、彼女はそれさえも疑うことなく見事に信用してみせてくれていた。
 後は、アダム・クラーク男爵を形だけの裁判にかけ、有罪判決を導き出し、死刑に処すことで全てが丸く収まる手筈たった。
 だが、それは闇の騎士(ダーク・ナイト)の出現により、簡単にはいかなくなってしまったのだ。
 
 あの大怪盗に盗まれてしまった、アダム・クラーク男爵との契約書。あれには、はっきりとデイ・ルイス侯爵とアダム・クラーク男爵と契約日が記されているのだ。
 もしあれがイザベラ女王の目に触れてしまえば、デイ・ルイス侯爵が、半年前から諜報活動をしていたという報告が全て虚言だったと知られてまう。そうなれば、今まで
苦労して得てきた信用は木っ端微塵に砕け散ってしまうだろう。
 だからこそ、デイ・ルイス侯爵はこれ以上アダム・クラーク男爵が余計なことを言い出さないうちに口封じする必要が出てきた訳だ。