雲に月が隠され、足を止めぬ軽快な馬の足音と馬車の車輪の廻る音が響きき、男はただ振り向きもせずにひたすら手綱をとり続ける。
今も尚後ろから突きつけられているであろう銃口の存在に、背中を冷ややかな汗がつうと流れ落ちる。
今、馬の足と車輪の音以外は沈黙を守っていた。
「ピピピーッ」
突然耳をつんざくような甲高い笛の音が近く鳴り響き、雲に隠されていた月が露になった途端、いつの間にか前方に二頭の馬とその背に跨る人影がぼんやりと浮かび上がっ
た。
「!!!」
男は慌てて馬車を急停車させると、すっかり落ち着きをなくしてしまった馬がヒヒンと不機嫌な声を上げて息を荒げた。
「馬上から失礼。そこの馬車の者にお尋ねしたい」
馬上から叫んでいるのは、先程闇の騎士が追い払ったとばかり思っていた白髭の警官だった。
どうやったかは分からないが、不審な馬車を見つけてどうやら前方から回り込んで来たらしい。
「な、なんか用ですかい?」
上ずったような声で、手綱を握る男が返答した。
「この騒ぎの中、この馬車は一体どこへ? というより、失礼だが、この馬車の持ち主は一体どなたかな?」
怪しむような眼つきで、警官はゆっくりと馬から降り立った。
男はすっかり黙り込んでしまい、ちらりと後方の馬車の中を振り返った。
それもその筈だ。中には、攫ってきたばかりの令嬢と、意識を失った相棒。そして、あの大怪盗がいるのだから・・・・・・。



